歴史
沿革
当山の創建は遠く平安時代天暦2年(948年)に菅原道真公の孫、雅規公が開基となられたのに始まる。
雅規公は童名を久松麿といい、祖父道真公の罪科によって九州に配された時、久松麿も尾州知多郡野間の大進院に寓居、のち英比坂部郷に住居し、俗に英比殿と称された。
延長2年(924年)菅原道真公の罪科が解かれ、その弟子は帰洛しても、英比殿は独り郷に留まり、其所領をこの地英比荘を里とされ、晩年は白沢郷北原に住居された。
創建当時は、久松寺と号し天台宗であったが、明応2年(1493年)に英比殿の後裔、久松定益が開基となり、久松寺を改め龍溪山洞雲院となり、曹洞宗の寺院として再建した。
久松家歴代の菩提寺でもあり、家康の生母於大の方の遺髪所や久松・松平家の墓地がある。
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永代供養


